佐渡がどさどさ、さ、どーぞ!
こちらでは、佐渡の名所について、徒然なるままにご紹介していこうと思います。
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おいしい佐渡「あの人この食」
今までに多くのひとびとが、佐渡を訪れています。その中で文人や著名人たちは、
どんな食に対面して、どんな思いを持ったのかを、太宰治、長塚節、尾崎紅葉、井上靖、
川路聖謨(としあきら)の残された記録や文献からご紹介しましょう。
太宰治「佐渡」より 昭和16年
「白米は、おいしいね。」白米なのである。
「それは茶わんむしですよ。食べて行きなさい。」現実主義の女中さんは、母のような口調で言った。
「そうか。」私は茶わんむしの蓋をとった。
◆昭和16年当時の白米のおいしさ、今と違うのだろうと思います。きっと。
長塚節「佐渡ヶ島」より 明治40年
(中略)
余は小豆飯へ箸をつける。箸は杉の太い丸箸で本もうらもない。堆い小豆飯には殆んど困却した。小豆飯の塊が思はずぽろりと膝へ落ちた。
◆この当時、佐渡にバスはまだなく、移動は人力車、馬車または徒歩でした。
多くの観光客などの姿が出現する前の時代の、とある宿屋の夕食。
尾崎紅葉「煙霞療養」より 明治32年
「内ぢゃ蕎麦を賣るのかね。」 と聲を掛けたが、是は考えて見ると、餘り利巧な人の言ふ事ではない。すると、此方向(こちむき)になって食って居た一人が、
「さあ、お入んなさいまし。此方が虚いて居ります、どうぞお上がんなさいまし。」
と箸を措いて其處等を片附ける。さては亭主か。亭主が店頭で食ふやうな始末だから、蕎麦を賣るかなどゝ云ふ客も飛込むのであると思ひながら、直(づっ)と入らうとする處へ、駈出て来たのが女房、
「はい、一銭八厘で御座います。」
誰も値などを聞きは為ぬのに、此嬶(かか)も客に劣らず相應に?(とぼ)けて居て面白い。
◆小あじの空乾しから取った出汁が口の合わず、紅葉はこのそば屋を出て、塩味のおやきを十三個も食った、そうです。
井上靖「雪の大佐渡小佐渡」より 昭和28年
十一月正月といふのは蔵開きと船祝いの日で、明治までは漁師たちが酒を飲んで町は大變な賑はひを見せたらしく、旅館の主人は微かにそれを記憶してゐるといふことであった。
◆まるい雑煮の餅は、あきらかに関西系。
川路聖謨(としあきら)[佐渡奉行] 「島根のすさみ」より 天保11年(1840)
きょう、只今漁せし、するめいかを買いぬ。
いかは白きものとおもいしに、赤黒色也。
時をへしは白成りという。
するめいかには甲なし。
墨も至って少なし。
*甲賀佐助は勝手賄い引受けの町年寄りの名前
◆獲れたて新鮮な、チョコレート色のいかに、初めて出会ったようです。
きっと、刺身で美味しく食べたことでしょう。
いろんなおいしい佐渡がありました。どんな食に対面して、どんな思いを持ったのかを、太宰治、長塚節、尾崎紅葉、井上靖、
川路聖謨(としあきら)の残された記録や文献からご紹介しましょう。
白米(はくまい)
夷(両津)で。夕食に。
私は、ごはんを四杯たべた。こんなに、たくさんたべた事は無い。「白米は、おいしいね。」白米なのである。
相川で。朝食に。
私は翌朝、五時に起きて電燈の下で朝めしを食べた。六時のバスに乗らなければならぬ。お膳には、料理が四、五品も附いていた。私は味噌汁と、おしんこだけで、ごはんを食べた。他の料理には、一さい箸をつけなかった。「それは茶わんむしですよ。食べて行きなさい。」現実主義の女中さんは、母のような口調で言った。
「そうか。」私は茶わんむしの蓋をとった。
◆昭和16年当時の白米のおいしさ、今と違うのだろうと思います。きっと。
小豆飯(あずきめし)
小木で。夕食に。
此夜は客といふのは余一人であるので別に支度もしなかつたから冷たくなつたが此で我慢をして呉れというて茶碗には小豆飯が堆くつけてある。(堆く=うずたかく)(中略)
余は小豆飯へ箸をつける。箸は杉の太い丸箸で本もうらもない。堆い小豆飯には殆んど困却した。小豆飯の塊が思はずぽろりと膝へ落ちた。
◆この当時、佐渡にバスはまだなく、移動は人力車、馬車または徒歩でした。
多くの観光客などの姿が出現する前の時代の、とある宿屋の夕食。
蕎麦(そば)
両津の街角で。昼。
引返して件の祠(ほこら)の傍に来ると、向角は蕎麦屋であらう、看板も無ければ、そんな構えとも見えぬが、入口に伸板と麺棒とが置いて在って、奥の框(かまち)に二人相對に腰を掛けて、椀の蕎麦を食ってゐる。其が如何にも旨さうな黒い色をして居たので、忽ち一椀試みたくなって、ひょろりと門を入ったが、實は聢(しか)と蕎麦屋と見極の付いたのでも無かったから、「内ぢゃ蕎麦を賣るのかね。」 と聲を掛けたが、是は考えて見ると、餘り利巧な人の言ふ事ではない。すると、此方向(こちむき)になって食って居た一人が、
「さあ、お入んなさいまし。此方が虚いて居ります、どうぞお上がんなさいまし。」
と箸を措いて其處等を片附ける。さては亭主か。亭主が店頭で食ふやうな始末だから、蕎麦を賣るかなどゝ云ふ客も飛込むのであると思ひながら、直(づっ)と入らうとする處へ、駈出て来たのが女房、
「はい、一銭八厘で御座います。」
誰も値などを聞きは為ぬのに、此嬶(かか)も客に劣らず相應に?(とぼ)けて居て面白い。
◆小あじの空乾しから取った出汁が口の合わず、紅葉はこのそば屋を出て、塩味のおやきを十三個も食った、そうです。
雑煮(ぞうに)
小木で。朝食に。
今日は十一月正月といふことで、旅館の食膳には雑煮が出た。大きいまるい餅が野菜、油揚、豆腐と一緒に煮られてゐる。十一月正月といふのは蔵開きと船祝いの日で、明治までは漁師たちが酒を飲んで町は大變な賑はひを見せたらしく、旅館の主人は微かにそれを記憶してゐるといふことであった。
◆まるい雑煮の餅は、あきらかに関西系。
いか
相川にて。
甲賀佐助*というものより、肴奉りぬ。きょう、只今漁せし、するめいかを買いぬ。
いかは白きものとおもいしに、赤黒色也。
時をへしは白成りという。
するめいかには甲なし。
墨も至って少なし。
*甲賀佐助は勝手賄い引受けの町年寄りの名前
◆獲れたて新鮮な、チョコレート色のいかに、初めて出会ったようです。
きっと、刺身で美味しく食べたことでしょう。
あなたのおいしさも、きっと佐渡本舗で見つかりますよ。
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